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東京地方裁判所 昭和31年(ヨ)4007号 決定

申請人 尾張三郎 外九名

被申請人 銚子醤油株式会社

主文

被申請人が昭和三十年九月二十七日申請人等に対しなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一申請の趣旨

主文第一項と同旨の裁判を求める。

第二当裁判所の判断の要旨

一  当事者間に争ない事実

被申請人会社が醤油の醸造を目的とする株式会社で、千葉県銚子市に工場を有し、申請人等はいずれも被申請人会社に雇用される従業員で、同工場に勤務し、被申請人会社従業員をもつて組織される銚子醤油株式会社従業員組合(以下単に組合という。)の組合員であるところ、昭和三十年九月二十七日就業規則に基き懲戒解雇の意思表示を受けたものである。

二  申請人等は、右解雇の意思表示は、就業規則の適用を誤つたもので無効であると主張する。よつて、以下順次被申請人会社が解雇の理由として主張する事実を疏明資料により認定し、これを就業規則に照して、右解雇の意思表示の効力を判断する。

(一)  申請人等が「一人十殺」という不穏記事を掲載した印刷物の編集、印刷、発行又は配布の責任者であり、且つかかる非行について全く改悛の情が認められないという理由について。

(イ) 解雇の理由

疏明によれば、被申請人会社が右解雇の理由として主張する事実は、次のとおり認定される。

(1) 「一人十殺」と題する記事の内容及びこれを配布するまでの経緯

被申請人会社の従業員の一部にして、共産党員又はその同調者は、統一グループと称する団体を組織し、そのうち共産党員である者は、その中核として、通常Sと称する日本共産党細胞(以下単にS会議という。)を組織し、S会議は、最高指導者たるキヤップの下に指導部、機関紙部、教育部等の機構を有していた。そして、S会議は、従業員と党を結ぶ絆として「なかま」と題する機関紙を発行し、これを職場内に配布することによつて、職場の日常闘争を指導し、労働者の政治的意識を高め、且つは共産党の拡大を図ることを目的としていた。

ところで、昭和二十九年五月頃組合が会社に対し、同年上期の賞与として俸給二カ月分の支給を要求して闘争状態に入つたのを契機として、S会議及び統一グループに属する者は、組合とは別個に、右闘争を有利に導く方針をたてたが、一般従業員の意向と遊離することを回避するため、S会議のキヤップたる格及び財政部員たる松本が第二工場船倉の従業員約五十数名に対し、被申請人会社の提案した賞与額等に関する意見を求める旨のアンケートを発した。そして、S会議が右アンケートの結果を検討したところ、別紙「一人十殺」と題する記事とほぼ同趣旨の意見を記載したものがあるのを発見し、これを「なかま」に掲載することを決定し、昭和二十九年六月十五日附発行の「なかま」(甲第三号証)に「一人十殺」と題する別紙のような記事を掲載し、これを約百二、三十部印刷し、うち約三十部を上部機関に送付し、残部のうち約三十部を第一工場従業員に、その余を第二工場従業員に配布した。なお、「なかま」の編集は、S会議の指導部員及び機関紙部員の合議により決定され、その配布は、S会議の決定に基き且つS会議又は統一グループの構成員の手を通じて行われたが、その配布先は、これら構成員と親交ある一部従業員に限られ、特に配布に当つては、それが被申請人会社側の手に渡ることを警戒していた。

(2) 「なかま」の編集、印刷又は配布に申請人等の関与の有無当事者間に争のない事実及び疏明により認定した事実によれば、申請人根本美奈子を除くその余の申請人等は、「なかま」の編集等に次のとおり関与したことが認められるが、同根本美奈子については、これに関与したことを認定し得る適確な疏明がない。

同尾張は、S会議指導部員として、「なかま」を編集し、又この配布を決定したものである。

同野口及び同津村はいずれもS会議指導部員及び機関紙部員として、「なかま」の編集、印刷及び第二工場従業員に対する配布を行つたものである。

同高野及び同加田は「なかま」を第一工場従業員に配布したものである。

同根本広次は、S会議機関紙部員として、「なかま」の編集、印刷及び第二工場従業員に対する配布を行つたものである。

同大根及び同小池は、「なかま」を第二工場従業員に配布したものである。

同山下は、統一グループの一員として、「なかま」を第二工場従業員に配布したものである。

又「なかま」の配布は、いずれも事業場内において行われたことが推認される。

(ロ) 就業規則の適用

疏明によれば、被申請人会社の就業規則は、懲戒の種類として、譴責、減給、出勤停止及び解雇の四種を定め(第六十三条、「事業場内において許可なく文書の配布貼布及び集会を行つた時」は、譴責、減給又は出勤停止に処し、その情状重い者は即時解雇する旨を規定していることが認められる(第六十四条第七号)。ところで、就業規則に基く懲戒は、元来職場秩序の維持を目的とするものであるから、懲戒規定の解釈に当つては、特段の定がない限り、職場秩序の維持と無関係な行為をも懲戒事由とする趣旨と解すべきではない。就業規則第六十四条第七号について見れば、同号に規定する文書の配布とは、およそ通常文書の配布と称するもの総てを含む趣旨ではなく、文書の内容自体又は配布の時期方法等から見て、職場秩序を乱し又は乱す虞のあるもののみを指す趣旨と解するのが相当である。別紙「一人十殺」の記事を掲載した「なかま」のように労働者の労働条件に関する要望事項を記載した文書は、その記載内容自体において、職場秩序の維持と無関係ではあり得ないから、これを配布することは、同号にいう文書の配布に該当するものと解するの外なく、且つ申請人根本美奈子を除くその余の申請人等がこれを事業場内において配布したことについて被申請人会社の許可を得た旨の疏明はないから、同申請人等の右行為は、右懲戒事由に該当する。しかし、右懲戒規定が、懲戒事由に該当する行為をその情状に応じて段階的に把握し、情状最も重いものを懲戒解雇に、然らざるものを順次出勤停止、減給又は譴責に処する趣旨であることは、規定の文理解釈上明らかである。すなわち、懲戒事由に該当する行為にして、情状極めて重く、懲戒解雇に処することが社会通念上肯認される程度に悪質なもののみが懲戒解雇に価するものと解すべきである。

よつて、以下同申請人等の行為の情状について判断する。通常文書の発布行為の情状について考慮さるべき事項は、文書の内容又はその配布の時期方法結果等であるが本件においては配付の時期方法が当を失した旨及び配布により職場秩序紊乱等の結果を生じた旨の疎明がないのであるから、結局別紙「一人十殺」と題する記事の意味、換言すれば、その記事に表明された同申請人の意図が情状判断について考慮さるべき唯一の事項である。右記事が「一人十殺」という表題を殊更大きく掲げ、「一人十殺でこの世をオサラバ、一人十殺とは、一人で十人を殺す事、この場合は、社長以下を指す文句であります。」と誌していることは、誠に不穏当であり、この文言のみを読むときは、同申請人等の被申請人会社社長以下首脳者に対する殺意を大胆にも表明したものと解されてもやむを得ないであろう。しかしこれを配布した当時、組合は賞与二カ月分支給の要求を掲げて被申請人会社と闘争中であつたこと及びこれを配布するに当つては、被申請人会社に察知されないように警戒していたが、S会議又は統一グループの構成員以外の相当多数の従業員にこれが配布されたことは前認定のとおりであり、この事実と「なかま」に別紙「一人十殺」と題する記事以外にも賞与獲得を強調する記事が随所に発見されるという疎明により認められる事実を念頭において、右「一人十殺」の記事全体を通覧するときは、前記不穏当な文言の存在にもかかわらず、これが殺意を表明し、又は殺人を教唆煽動したものとは到底解することができない。寧ろ右記事は、労働者の極端な生活の窮乏を訴え、この窮乏を脱却するためには、一人で十人に当る気構をもつて、団結して被申請人会社に対抗し、ストライキの手段に訴えても、二カ月分の賞与を是非獲得しなければならないことを強調した趣旨と解するのが相当である。従つて、文書の用語が不穏当で非難を免れないとしても、その意味が不法なものでないのであるから、賞与の獲得が労働者にとつて切実な要求であるという社会経済事情を考慮に入れ、情状酌量するのが相当であり、同申請人等の右行為は、懲戒解雇に価しないものといわなければならない。

なお、被申請人会社は、申請人尾張、同野口、同根本及び同津村については、「なかま」の編集又は印刷の責任を解雇理由として主張し、この事実の疎明あること前認定のとおりであるが、文書の種類を問わず、文書の編集又は印刷自体を懲戒事由とする旨の就業規則の定はない。ただ、労働者の編集又は印刷にかかる文書の記載を証拠の一として、当該労働者の犯罪行為の企図が証明される場合は、就業規則に照して、その犯罪行為を企図した責任を追求し得る場合があるであろう。しかし、「なかま」の記事から同申請人等が殺人又はその教唆煽動等の犯罪行為を企図したことを察知し得ないこと前述のとおりであるから、同申請人等の右行為を解雇理由とすることは失当である。

(二)  申請人等が革命至上主義に立脚する極左的冒険主義的秘密団体である統一グループの中心人物であり、常に職制の痳痺、企業の破壊を企図し、且つその指導機関たる経営細胞会議に所属していたという理由について。

(イ) 解雇の理由

前認定の事実とその余の疎明によれば、被申請人会社が右解雇の理由として主張する事実は、次のとおり認定される。

(1) S会議又は統一グループの所属

申請人尾張、同野口、同根本広次及び同津村は、日本共産党細胞たるS会議に所属し、同尾張はその指導部員、同野口及び同津村はその指導部員及び機関紙部員、同根本広次はその機関紙部員であり、又同高野、同加田、同大根、同小池及び同山下は、共産主義者又はその同調者によつて組織される統一グループの一員である。しかしながら、同根本美奈子がS会議又は統一グループに所属していた旨の疏明はない。

(2) S会議の活動

S会議は、昭和二十九年春又は夏頃職場闘争の具体的方策として、故意に作業を遅延させることによつて増員を要求し、作業工程中の「粕剥ぎ」を遅くし、「揚げ槽の量を減らし、又は醤油樽の繩のかけ方を緩くすることなどを決定したのであるが、申請人尾張、同野口、同根本広次及び同津村は、S会議の構成員であるから、右決定に参与し、これに従う意図を有していたものと推認される。しかしながら、同申請人等を除くその余の申請人等が右決定に参与し、又はこれに従う意図を有していた旨の疏明はない。

(ロ) 就業規則の適用

(1) 申請人根本美奈子を除くその余の申請人等がS会議又は統一グルプの構成員であることについて

暴力主義的破壊活動を目的とし、その団体の活動として継続又は反複して暴力主義的破壊活動を行う団体は、憲法の保障する結社の埒外にあるものと考えるが、S会議が前記(2)のような決定を行つたという一事をもつて、S会議又は統一グループが暴力主義的破壊活動を目的とする団体と推認することはできないし、その他これを認めるに足る疏明はない。従つて、同申請人等が右団体に所属していたことを理由として解雇することは、結局同申請人等が共産党員又はその同調者たることを解雇理由とすることに帰し、かかる解雇は、憲法第十九条及び第二十一条第一項労働基準法第三条の規定に違反するが故に無効である。もつとも、労働者の構成する団体が暴力主義的破壊活動を企図又は実行し、当該企図又は実行行為が就業規則所定の懲戒事由に該当するときは、これに参与した者が、就業規則に照して懲戒処分を受けることもやむを得ないが、これは団体加入とは別個の問題であつて、次に判断すべき問題である。

(2) 申請人尾張、同野口、同根本広次及び同津村が前認定の(2)のような行為を企図したことについて

疏明によれば、就業規則第六十四条第十六号は、「故意に作業能率を害し又は害しようとした時」は、譴責、減給又は出勤停止に処し、その情状重い者は懲戒解雇に処する旨規定していることが認められる。そして、同申請人等の右行為は、組合の決定に基く組合活動である旨の疏明がないから、違法性を阻却するに由なく、右規定にいう「故意に作業能率を害しようとした時」に該当するものと解する外ない。しかし、右規定は、情状最も重い行為のみを懲戒解雇に処する趣旨であることは、先に同条第七号の規定の解釈について説示したと同様であるから、行為の情状について判断する。

同申請人等の企図した行為は、積極的な破壊活動又は職場秩序紊乱の行為ではなく、消極的に作業能率を低下せしめようとしたことであり、且つこの決議が昭和二十九年夏頃までに行われたこと前認定のとおりであるが、その後本件解雇に至るまで一カ年余の間において、右決議が実行に移され、同申請人等の作業能率が著しく低下し、又はその他の作業能率を低下せしめた旨の疏明もないのであるから、情状酌量するのが相当であり、未だもつて懲戒解雇に価する程悪質重大な非行ということはできない。

三  結論

叙上のとおり、申請人等には、懲戒規定に該当する行為の疏明がないか、又は懲戒規定に該当する行為があるけれども、その情状懲戒解雇に処することは相当ではない。そして、使用者が就業規則に懲戒解雇規定を定めた場合は、使用者自ら解雇権を制限し、これに該当する事由がなければ、有効に解雇をなし得ないものと解するから、申請人等に対する本件解雇の意思表示はいずれも就業規則の適用を誤つたもので無効である。解雇の意思表示が無効であるのにかかわらず、被申請人会社からこれが有効として取り扱われ、申請人等が従業員たる地位を否定されることは著しい損害であるから、右意思表示の効力の停止を求める本件仮処分の申請は理由がある。

よつて、これを正当として認容し、申請費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 三好達)

(別紙)

一人十殺

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それから社員も工員も同じ人間である。

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俺の家に蚤、蚊、蠅がたくさん居るキレイにしても出て来る。タタミは破れているから薬を買うにも金、好きなタバコも三、四本にしても生活に負けて食われ放題このままなれば、一人十殺でこの世をオサラバ。

(註)(一人十殺とは一人で十人を殺すの事、この場合は、社長以下を指す文句であります)団結してなお又一人で十人に当ると言う気構を持つて行くと言う事。

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